オープンプラットフォームが加速するキャピタルマーケッツの再編
次の10年間を展望して、2020-21年は市場参加者が自らのテクノロジー戦略を改訂する際の「道標」の年になるだろう。金融機関は次の10年を見据えたトランスフォーメーションの道筋を歩み出す時期にきている。不確実性が一層高まった現在、その将来を予測するのは容易ではないが、確かな点が2つある。1つは、市場参加者は複雑性と不透明性が増した市場環境、規制環境、そして事業環境の下でも着実に取引を続け、収益を上げる必要があるということ。もう1つは、他産業同様にキャピタルマーケッツにおいても、新たなテクノロジーが広範に普及し、それは新たなプレーヤーの参入を招き市場構造の激変を促していることである。
既に、多くの市場参加者が未知の市場を想定して新モデルを模索し始めている。それは最先端の金融機関が抱くオープンプラットフォームへの強い関心やその様々な見解にも反映されている。つまり、一気呵成に次世代モデルへのシフトが進む可能性がある。一方で、リスク回避志向の強い大多数の金融機関は自ら率先して動くことは少ないものの、新たなモデルの有効性が伝われば迅速に追随する傾向がある。しかし、そうした「追随」の動きすらテクノロジーの柔軟性がその足取りを左右するだろう。先進的な市場参加者は、リスク回避の意味からも積極的にクラウドやAPIを採用し、ITのアジリティを高め「追随」速度を高めている。それは不確実性の高まった現在の「ニューノーマル」となるだろう。
オープンプラットフォームの成否は、そのビジネスモデルにかかる。市場参加者は、これまで以上にビジネスとシステムの「モジュラリティ[1](自社のビジネスプロセスやITの他社との結合や共有を容易にし、業界コミュニティへの分割可能性を高めるためのモジュール化や標準化などの度合)」を高め、資本市場の価値連鎖における自社の立ち位置を再考すべきだろう。一部の先見的な市場参加者は、伝統的なセルサイド・バイサイドの関係を超えた、キャピタルマーケッツのプラットフォーマーを展望している。
そのリーダーはこれまで同様にグローバル・セルサイドが務めるのか?それとも、アジアのビック・テック(Big Tech)かフィンテック連合か?ともかく、資本市場の地平線を見据え、その彼方にある新境地に事業機会を見出す事業者が活躍するだろう。それらの事業者はITサービスのみならず、キャピタルマーケッツ全般の様々なプロセスを提供するプラットフォーマーとして期待されている。
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セレントレポート最新刊「The Dawn of Open Platforms in Capital Markets」
英語版には2021年調査結果に加え、市場参加者の声と新インサイトを追記。
[1]Baldwin and Clark (2000) の登場以後、「インテグラル型産業には垂直統合した事業構造、モジュラー型産業には専業特化型の事業構造」という関係は広く認知され、この理解に基づいたイノベーション研究が支配的である。とりわけ楠木・Chesbrough (2001) は、HDD 産業の事例分析から、製品アーキテクチャの変化が企業組織の失敗をもたらす「罠」となることを指摘している。製品アーキテクチャと企業組織との間に前述のような適合関係があるとき、製品アーキテクチャが変化しても、企業組織のアーキテクチャ(ビジネスプロセスやIT:以下、企業アーキテクチャ)はすぐには変化出来ない。そのため、企業アーキテクチャの変化の遅延が、企業の競争力やイノベーションに悪影響を与える可能性がある。
製品・サービス、企業のアーキテクチャがモジュラー化するときは、もとのインテグラル・アーキテクチャに対応して複数のコンポーネント(製品・サービスを産出するためのプロセスやIT)を内部に取り込んだ垂直統合企業は競争力を落とし、個別活動に特化している企業が競争優位を得る。一方、インテグラル化が進むときには、個別特化企業は企業活動の効果的な調整・統合を実現できず、垂直統合型で複数活動の相互調整に長けた企業が競争力を有する。楠木・Chesbrough (2001) は、こうした現象をそれぞれ「インテグリティの罠」「モジュラリティの罠」と呼んだ。
現在の証券業界は、「インテグラル型産業」から「モジュラー型産業」への移行過程にあり、モジュラリティは企業の競争力を左右する重要な要素と思料する。
(参考)Carliss Y. Baldwin, Kim B. Clark (2000) “Design Rules: The Power of Modularity” MIT、楠木建, Henry Chesbrough (2001) 「製品アーキテクチャのダイナミック・シフト:バーチャル組織の落とし穴」藤本隆宏・武石彰・青島矢一編『ビジネス・アーキテクチャ 製品・組織・プロセスの戦略的設計』有斐閣